異世界への案内人

異世界への案内人


足取りは重い。
本来は軽いはずなのだが・・・。
理由は2つある。
1つ目は、あまりにも暑いこと。
家を出る前に見た天気予報では最高気温37℃、と言っていた。
2つ目は、学校へ行けば校長の話があること。
先輩の話によると回を重ねるごとに少しずつ長くなっているそうだ。
校長の話はつまらない。
たいていはニュースを見れば分かることばかりだからだ。

学校が終わったのは12時ちょいと前くらいだった。
学校に来る時よりは足取り軽く我が家へ向かう。
ふと、思い出した。
今日は親がいないことを。
飯を自分で作る事はできるが、暑いし何より面倒だ。
なので、コンビニで弁当を買うことにした。
自動ドアをくぐると冷たい空気が肌を刺す。
最初は気持ち良いが、数分で寒くなる。
この中で働いている従業員に少しだけ感心。
適当に弁当と飲み物を買って、再び家へと歩く。
と、左側に公園があるのに気がついた。
桜公園というのだが、突っ切ってしまおう。
というのもこの公園はかなり大きく、そしてかなりいびつな形をしているのだ。
突っ切らずに俺の家へ帰るとしたら大きく迂回しなければいけないのだが、
そうした 場合40分・・・いや下手すれば1時間はかかってしまいそうだ。
でも、迂回せずに公園を突っ切れば2・30分もあれば自宅に着くだろう。
そう思い、公園内への入り口を見つけて入っていった。

きちんと整備された歩道には誰も人は見当たらない。
それはそうだ。
今の時間だとちょうど昼飯時だ。
それにしても、あまりに暑すぎる。
ここら辺は太陽の日差しを遮るものが無いので余計に暑く感じる。
学校を出てから少しの間は、比較的高い建物が多いところなので直射日光は防げたが、 この場所だと無理そうだ。
少し歩いた先に水のみ場とベンチがある休憩所のような所があるのを思い出した。
そこで少し休む事にした。
屋根のような物もついているので、休むにはちょうど良い。
休憩所についたらまず日影となっているベンチに座る。
コンビニの袋の中からお茶を取り出した。
大抵の高校生ならジュースを選ぶ所だと思うが、俺はお茶に決めている。
何故かというと、ジュースは種類が多いから選ぶのが面倒だからだ。
でも、お茶だとすぐに決められる。
そのコンビニは飲み物ではお茶だけ品数が少ないからだ。
ペットボトルのキャップを空け、2口ほど飲んで一息つく。
と、こちらに歩いてくる人影を見つけた。
殺人的な光を放つ太陽のせいでまだよく見えないが、どうやら女子のようだ。
いままで数えるほどしか女子とは話したことが無い俺にとっては貴重な体験になるであろう。
逆に言えばそんな俺だから、こちらに向かって歩いてくる人はただの通りすがりかもしれない。
そんなことを考えているうちに、彼女のほうから声をかけてきた。
「あ、あの。もし今日、暇でしたら、ちょっとだけ付き合ってほしいのですが・・・。」
「えっ。」
全く予想していなかった彼女の言葉に思わずこんな声を出してしまった。
「ご、ごめんなさい。突然で。でも見てもらいたいものがあるんです。もしよろしければ
 2時半くらいにここへ来てください。無理にとは言いませんから・・・。」
そういうと彼女はどこかへ行ってしまった。
同じ事を言うが、俺はほとんど女子とは話したことが無い。
いや、話しかけられたことが・・・と言うべきだろう。
なのでまともに応対できなかったのが少し悔しい。
にしてもいったいどういう風の吹き回しだろうか。
女運の無さ、一番は誰だ・・・という中学の時のアンケートで、見事1位を獲得した俺が
いきなりこんな事になっている。
まぁ、気にしていてもしょうがないので家へと向かうとしようか。
2時半にさっきの場所へ行くかどうかも、家へ帰ってから考えることにしよう。
それから、ついでに本も買うことにした。
公園を突っ切ったら左折。
その後は真っ直ぐ行けば右手に俺の家があるのだが、途中に本屋があるのだ。
約束の場所に行っても行かなくても時間が余るだろうから、暇つぶしにいいと思ったからだ。
まぁ、ふだんあまり本は読まないんだけどな。

家へ着くと汗でびっしょりだ。
着替える前にシャワーで汗を流す事にした。
着替え終わって、2階の自室へ。
暇なのでテレビをつけてみた。
連日の猛暑で何人死亡、何人入院だとか言っている。
チャンネルを回すといくつかニュースがやっているが同じ事ばかり言っている。
朝も放送していたし、それに面白いわけでもないのでニュースをかけておくのはやめよう。
適当にバラエティー番組にチャンネルをあわせた。

今回の夏休みは珍しく課題が何も出なかった。
暑さで課題を出すのを忘れていたのだろうか。
それとも、生徒を休ませるために出さなかったのか。
理由はなんにせよ、楽なので嬉しい。
でも、俺は部活に入っているわけでもなくやりたい事もないのでかなり暇になりそうだ。
そのために本を買ってきたわけだが、現在地はベッドの上だ。
帰ってきてすぐは、暑さのせいで食欲が出なかったのですこしだけ本を読んだの
だが、やはり すぐに飽きてしまった。
仕方が無いので読書以外でなにか暇つぶしできそうな事は無いか。
それを考えながら弁当を食べることにした。
結局面白そうな事は考え付かなかったがある事を思い出した。
2時半に公園の例の場所で待ってると、そう俺に言った事を。
確かあの制服は俺の学校のだったような気がする。
とすると、怪しい勧誘ではないかもしれない。
とりあえず、今はすること無いし。
行ってあげてもいいかなと思う。

待ち合わせをした場所に着いたのは2時半より5分くらい前だった。
彼女はとっくに来ていた。
ベンチに行儀よく両足をそろえて座っていた。
「来てくれたんですね。」
「ああ。」
ちょっと返事が無愛想だとは思ったが、彼女は全く気にしていなさそうなので
俺も気にしないことにした。
彼女は隣のクラスに一週間くらい前転校してきたばかりのはず。
たしか名前は水崎鈴だったような。
上はノースリーブの白い上着で下は膝よりちょっと短いくらいの紺色のプリーツスカートだ。
髪は何故かほんの少しだが青みがかっていて、俺から見て右側の前髪だけリボンでまとめている。
性格は気にしないとしよう。(決して悪いと言っているわけでは無い)
さすれば、10人中10人はかわいいと言うだろう。
スタイルも悪くない。
年齢=独身歴の人たちの集まりの中で、一人だけ水崎のような彼女が出来たら
みんなは何と言うだろうか。
怖くて想像できない。
いつまでもこんな事を考えていては仕方ないし、会話も続かないので聞いてみることにした。
「そういえば俺に見せたい物があるって言ってたけど、どこにあるんだ?」
彼女は柔らかい笑みを少し浮かべながらこう言った。
「ここにはありませんし、私のものでもありません。」
はっきり言って意味不明だ。
質問をしようにも何が解からないのかが解らない。
あえて言うなら「全てが解らない」、とこんな所か。
そんなこちらの思いを理解したかのように彼女は続ける。
「百聞は一見にしかず・・・です。こっちにあります。ついてきてくださいね。」
そう言うと彼女は俺に背を向けて歩き出した。
俺もその後を追う。
しばらく整備された歩道を歩いていく。
途中、獣道のように森の中へ入っていく道があるのだが、彼女はそっちへ方向を変えた。
さすがにちょっと戸惑ったが、彼女は俺がついて来てくれると信じているらしく
振り返らないで森の中へ入っていった。
俺もここまできて引き返すのはどうかと思い、森の中へ入ることを決心した。
小走りで森の中へ入っていく。
すると、歩道からは見えなくなる程度の奥の所に彼女は立っていた。
そして、彼女のすぐ後ろにはトビラが建っている。
「元の世界には絶対に返ってこられますから。心配しないで下さい。」
そういうと彼女はドアを開けた。
ドアの向こうは水だった。
海面のようにすこし波立っている。
そこへ彼女は入っていった。
ちょっと怖かったが目をつぶり、俺も入った。
そして目を開くと、何処かの店のようなところに立っていた。
でも、ただの店ではない。
棚に置いてある物は色とりどりの薬。
棚の上にはこう書かれた板が取り付けてある。
『魔法薬50種』
「魔法・・・薬?」
「そう、ここは魔法薬の専門店です。」
後ろを振り向くと、俺をこの世界へ誘った張本人がいた。
「自分が存在する世界は、過去で無数に枝分かれした道筋の一つに過ぎません。
 あなたのいた世界には魔法はありませんね。でも、この世界にはあります。」
なんか哲学的な話になってきた。
脳細胞をフルに働かして考えてみた。
俺の世界の歴史では、過去に魔法を発明した人はいない。
でもこの世界ではいるようだ。
その違いで、魔法の存在する世界と存在しない世界に分かれた。
元になった世界は同じなのでお互いの世界に干渉することはできないが、それぞれの
世界は確かに存在する。
で、彼女は非常にファンタジー的な話ではあるが、まぁ簡単に言うと『異世界』という物が
存在する事を知ってもらうためにこんな事をしたのだろうと思う。
「えーと、とりあえず外に出ませんか?」
「ああ、そうだな。」
いつまでもここにいるわけにもいかないのでそう答えた。

科学力は進んでいるのかそうでないのか、よく分からない。
俺がいた世界とは、比較できないのだ。
なぜなら、俺の世界では電気がよく使われているのに対して
この世界では魔法が使われているためだ。
とある本屋に入ってみた。
この世界では、透明な細長い筒のような物の中に白い炎が燃えている・・・というようなものを
蛍光灯の代わりに使っている。
本来なら、筒の中の酸素を使いきってしまえば火は消える
はずだが、魔法で燃えているのなら
原理は分からないが火が消えてしまう事はないのだろう。
『初心者のための初級魔術入門』とかかれている本を手に取ってみる。
中をぱらぱらとめくりつつ、さっと目を通してみる。
「あの、もしよろしければその本・・・買ってあげますけど。」
正直に言うと、その言葉はかなり嬉しい。
でも、よく考えてみるとまずいのではないかと思う。
なぜなら、このような本は本来俺のいた世界には無い物だ。
それを持って帰ってもいいのだろうか。
「誰にも見つからなければ大丈夫です。そうすれば、もともと無い事と同じことになりますから。」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんです。」
うむ、彼女が言うからには本当のことなのだろう。
本を手渡すと彼女はレジのような所へ向かった。
上着のポケットからコインをいくつか取り出し、テーブルの上に置く。
店番をしている若い男性がコインを数えると、ちょうどですねと言って本にカバーを掛けてから
彼女に手渡した。
そして一緒に店を出る。
ついて行った先は何処かの町外れの森だった。
「そろそろ帰ったほうがよさそうですね。」
「そうなのか?」
「はい。私たちがこの世界に来る事が
出来たのは、あのドアのおかげです。何処に繋がるのかは
 分かりませんがたまにああやって異世界への扉ができるん
です。でも、繋がっているのには時
 間制限があるんです。今回は5時間34分。」
「そうか。少し残念だな。」
彼女も少し名残惜しそうだ。
「そうですね、でも仕方がありません。本来私たちはこの世界にはいるはずがありませんから。」
「そうだな・・・。じゃあ、元いた世界へ帰ろうか。」
「はい。」
とは言ったもののまだ未練がましい。
頭の中でこの世界の事を考えつつ彼女についていく。
そして、再びドアの前に来た。
「今度はあなたから入ってください。」
頷いた後、ドアの取っ手を捻りつつ手前に引くと来た時と同じ、水面のような物が見えた。
「あの、一つ訪ねてもよろしいでしょうか・・・。」
ちょっと遠慮がちに聞いてきた。
もちろん、俺の返事にNoと取れるような返事はありえない。
なんだ・・・と返す。
「もし良ければまた扉が出た時、一緒に行きませんか?」
「異世界へか?」
「はい。」
ちょっと期待していた質問だった。
俺には特に好きな事。
まぁ、趣味のような物が無かったが新しく出来たようだ。
その名も『異世界訪問』!
ちょっとかっこ悪いかな。
とにかく、趣味が出来るのは嬉しい事だと思う。
「ああ、是非行ってみたい。」
「よかった・・・。いままでずっと一人だったから。一人でも楽しいんですけど
 誰かと一緒の方が良かったから。」
「そうか。それじゃあ俺はもう行くよ。」
「うん、それじゃあまたね。」
「またな。・・・そうそう、今度会うときは少しでも魔法が使えるように、練習しておくよ。」
「楽しみにしてます。」
微笑みながらそう答えた彼女を背にして、俺は扉をくぐった。
ふと目が覚めた。
長い夢を見ていたのだろうか。
それにしては服は着替えているし、なによりはっきりと出来事を覚えすぎている。
時計を見ると2時50分ほどを指している。
異世界。
もしそこに行っていたのなら5時間は経過しているはずだが・・・。
まぁ、いいかと着替えようとして起き上がろうとした手に硬いものが触れた。
なんだろうと思い見てみると、それはカバーの掛けられている本だ。
まさかと思い、カバーをとってみた。
本のタイトルは『初心者のためのHP作成入門』と書かれている。
今日の学校帰りに暇つぶしにと買ってきた本と同じタイトルだ。
「やっぱり夢だったのかな・・・。」
そうつぶやいて、本をベッドへ置いた。
今日は確か夜も両親はいないんだったよな。
母親は友だちと旅行。
オヤジは出張。
晩御飯のメニューは何にしようかと考えながら一階へと下りる。


また一緒に異世界へ旅行に行こうね・・・。


「ん?」
何か少女の声が聞こえた気がしたが。
気のせいだと思い、そのまま玄関へと向かった。

窓から今まではほぼ無風状態だったはずなのに、風が舞い込んだ。
その風はカーテンを揺らし、ベッドの上の本のページをめくる。
その本にはこう書かれていた。
魔法を使う際の10の心得・・・と。

〜Fin〜